いま知っておくべき中国の製造業事情(3)
2010.07.19
いま知っておくべき中国の製造業事情(3)
--「日系企業特有の問題と中国国内生産の方向性」
アスプローバ株式会社
藤井賢一郎
それは予想されたリスクか?
当初この原稿を書いているうちに、ホンダ、トヨタといった日本を代表する製造業の中国工場でのストライキが、次々に報道されるようになりました。次第に生活程度が上がっていく中国の中で、労働者の待遇改善に対する要求は想定されていたことではなかったのでしょうか?
その答えのヒントが、日々の中国からのニュースの中にあります。日本以外の外資系の製造業の工場では、同様なストが同時に発生してはいない、という事実です。
その原因は、過去、中国国内で見られた反日運動でしょうか? わたしはそうではないと思います。日本でも同様ですが、労働者のストは、労働者自身が働く企業の業績を悪化させるという労働者自身の骨身も削る行動だからです。
では、日系製造業とそのほかの外国資本の工場との違いはなんでしょうか?
一言でいえば、現地化の進展の違いです。ここでも、当社も含めて、日本人特有の島国根性が企業のグローバル化を阻んでいるといえます。ホンダの関連工場の従業員が持つストのプラカードをご覧になられましたか?「同じ場所で働いていながら、日本人は、中国人の50倍の給与をもらっている!」と書かれていました(直近の新聞報道では、中国市場で、圧倒的にシェアを持つ建機のコマツが、現地法人の社長をすべて、中国人にして幹部育成制度の施行を発表しています)。
中国版「所得倍増計画」の検討も? 「世界の工場」に広がる賃上げ圧力
2010年に入って、最低賃金(月額)の調整が全国31省(自治区・直轄市を含む、以下同じ)の半数に当たる16省で行われたが、調整後の最低賃金も平均賃金の40~60%とされる妥当な水準には達していない。政府は所得格差を縮小するため、低所得層の底上げを含む中国版「所得倍増計画」を検討する可能性もある。「世界の工場」の低賃金時代は終わろうとしている。
(JETRO 通商弘報2010年6月24日)
日系企業特有の問題
こうした問題が日本で喧伝(けんでん)されると、またもや中国人とはこういうものだとか、彼らと付き合うためには、特別な配慮が必要なのだというような意見が噴出します。
しかし、当社が中国に本格的に進出してから5年間、小さな会社とはいえ、多くの中国の方と接してきている経験から、国にはその国特有の事情や考え方はあっても、多くの人間が、勤勉に働き、成功して、豊かな暮らしをしたいと考えていることには変わりはないという確信があります。
一方、当社の日本本社で働く中国人とのコミュニケーションでも感じるところですが、彼らは日本語は上手にしゃべれても正確に意思を伝えることはなかなかできません。
システム導入の成功のポイントとしてもよくいわれることですが、1人だけで構わないから、日本人としっかり意思疎通のできる現地の人材を育成、その人を通して、そのほかの現地人との方針徹底を図るということが不可欠だと思います。
中国で日本の製造業を対象とした当社製品の紹介セミナをさせていただく際にも、当初と比較すると中国語のみでの講演が主流になりました。日本以外の外資系の工場へ行くと、すべて現地の方が決定権を持って工場を運用しており、本国とのコミュニケーションもITを利用して盛んに行われています。
このときの共通言語を英語としている点も日本以外の外資製造業の共通した特徴で、日本人と中国人のコミュニケーションもお互いに英語で取ることにより、意思疎通の齟齬(そご)を減少させる努力の跡が見られます。
次回ご紹介させていただくサンテックパワー(中国に本社を置く世界的な太陽電池製造の会社)におけるケースのように、海外の工場をM&Aすることにより急速に発展していく中で、メール文はすべて英語で統一したというような実例もあります。
A社 | B社 | C社 | D社 | E社 | F社 | |
---|---|---|---|---|---|---|
従業員数(日本人) | 10000(10) | 500(2) | 100(1) | 7000(5) | 250(3) | 2000(5) |
離職率 | 10%以上 | 10%以上 | 10%以下 | 10%以上 | 10%以下 | 10%以下 |
ジョブホップ対策 | 福利厚生 | インセンティブ | 現地化 | 教育制度充実 | 現地化 | 日本留学制度 |
日系製造業のユーザーアンケート
(回答50社のうち典型的な企業6社を抽出。離職率は概算のみ)
中国国内生産の方向性
このような次から次へ出てくる困難な状況の中でも、当社自身もそうですが、中国という巨大市場で、ビジネスを拡大していかなければならない事情は、製造業の皆さまも同じようなです。
下記は、2010年6月27日の日本経済新聞(朝刊1面)に掲載されていた地域別営業利益回復の割り合いについての調査結果グラフの引用です(日本経済新聞調べ、対象:上場企業約400社の決算情報から算出)。
この資料の結果だけでなく、2010年6月23~25日東京ビッグサイトで開催された「設計製造ソリューション展」の当社ブースでも、中国や、ベトナム・タイといった東南アジア担当者が現地から来訪され、急速に増大する生産量に対応するために、生産スケジューラがどのように利用できるかを真剣に話されていったことからも、東アジア・東南アジアでのビジネス展開がいままさに各社の課題となっていることを実感しています。
地域別営業利益回復の割合
2010年6月の日本経済新聞に載せられた調査結果。上場企業約400社の利益動向を昨年と比較している
大きな需要が存在し、魅力的ではあるが、「チャイナリスク」という日本では想像できない危険性が潜在しする国で、中国国内向けの製品を生産することは簡単なことではないようです。当社の製品への引き合い内容も、今年になって生産ラインの日々の日程計画の策定という要望から、現有生産設備の限界利用や生産量がさらに増加した場合の将来設備投資のシミュレーションに始まって、生産ラインのコストを時系列に計算するKPIの機能が重宝されています。
今回の労働問題を受け、急きょ、当社の中国ユーザーである主な日系製造業約50社に緊急アンケートをお願いしました。ユーザー企業の皆さんにも関心の深い内容でもあったためか、すべてのお客さまから回答をいただきました。質問の内容と主な回答は、以下のようなものでした。
質問 | 回答 |
---|---|
工場でのチャイナリスクとは? | 労働力問題・賃金問題・需要変動対応・材料確保・品質問題 |
工場でのリスク回避策とは? | 日本型の労使懇談会・業績の給与連動・協力会社との関係強化 |
今後の中国国内生産の方向性は? | 拡大方向・現地化・内陸への工場移転・製品の絞り込みなど |
その他 | ―(下記本文で言及) |
日系製造業のユーザーアンケート
チャイナリスクへの関心動向
アンケートでは、急転直下の状況で多忙を極める中で回答いただくことを想定し、上記の3つの質問以外は「その他」として自由に記入する形でお願いしました。
総じていえることは、目前の問題に対しては、当然迅速な対応が必要なため、皆さん毅然(きぜん)として対応されています。当社ユーザー企業は、日本ではいわゆる「大企業」の工場が多いので、事前のシナリオが用意されていたとも推測できます。
しかし、将来のことになると対応姿勢はまちまちで、従来の生産計画に沿った拡大路線を進む企業、コストダウンを目指し、他国を含めた工場移転を検討し始めた企業、多品種少量品種生産から自社のロングセラー製品に絞り込んだ製品構成戦略へのシフトなど、現時点ではさまざまな意見が出ています。
また、自由記入欄に回答いただいたうち、総経理(=総経理は日本の社長に相当)の意見は少ない方でしたが、中には「賃金の高騰は、中国国内販売だけを考えた場合、必ずしも負の現象とはいえない」「無尽蔵の低コスト労働力はもう期待しない。その中で企業として生き残っていくためには、いまある生産力の効率化を進めていく必要がある」など、割り切ったご意見もいだきました。
植民地的発想は永続しない
以下は、筆者の個人的な意見でもありますが、元来、製造業はその国の発展とその国の国民の生活水準の向上に寄与すべきものであり、単に安い労働力を求めてという植民地的な発想の工場進出の形態は、永続するものではないと考えます。
中国国内生産・中国国内販売は、企業の商品戦略やマーケティング戦術だけでは、その成功を将来にわたって享受することはかなわない、他国であるからこそ、国内市場以上に、生産国での企業利益の還元を考慮しなくてはならないという事実を、今回の騒動は日本の製造業に突き付けてきたものと考えます。
では、製造業の一種としてのソフトウェア開発・販売というビジネスで中国に進出している当社はどのような戦略を取ればいいのでしょうか? 筆者なりの答えを考えてみました。
- 生産スケジューラという生産効率を追求するソフトウェア機能を使って、日本の中国工場の生産効率向上のサポートを行っていく
- これら日系製造業のサプライヤに当たる中国現地製造業の工場には、必要不可欠な機能のみに抑えた廉価な生産スケジューラ製品を提供し、その納期回答率を上げる
- 最後に、生産スケジューラは道具にすぎないので、上記の成功例や失敗例をつつみかくさず、中国の工場のユーザー(特にこれから、生産スケジューラを導入しようと考えているお客さま)に公開し参考材料にしてもらう
実際に当社も中国の優秀な大学卒業者を日本に迎えて、中国向け製品の開発にトライする計画です。ソフトウェア製造業は、生産設備などの固定資産を持ちませんので、その実態が見えにくいと存じますが、中国開発中国販売の1つの試みが始まろうとしています。
中国国内販売において中国現地の製造業が、日系企業の競争相手となっているだけでなく、すでに、中国製造業のリーダー企業の中には、世界市場においても日本の製造業に肩を並べる企業が出ています。
当社製品の競合企業にも中国現地企業が多数出現しています。生産スケジューラの専門メーカーだけでなく、中国市場を基幹システムの導入シェアで席巻(せっけん)し、アジアへの進出を進めているERPベンダも存在します。
次回は、これまでの視点を変えて、中国国内に本社を置く製造業で、その技術力により、世界進出を進めている製造業のIT戦略を、サンテックパワーのCIOへのインタビューをベースに紹介します。